涼宮ハルヒシリーズと言えば、言わずと知れた名作である。
そんなハルヒシリーズの劇場版として公開された『涼宮ハルヒの消失』も同じく名作であることは2026年の今更になってわざわざ語ることでもないかもしれない。
ただ、久しぶりに視聴して「長門有希かわいすぎるな」という想いが溢れてきたので、ここに吐き出すことにする。
ここからは当然のようにネタバレをしてしまうが、この消失の物語は作中人物の一人長門有希が積み重なったノイズによるバグによって、自分が望むように世界を改変してしまう。
一人改変した世界に元の世界の記憶を持ったまま放り出されたキョンはどっちの世界を選択するのか。というような話である。
本作は「涼宮ハルヒの蛮行に嫌々ながら付き合っていたキョン(正確にはそういうフリをしていたことは我々の目からは明らかである)が、実際にはそんな日々が楽しくて仕方なかったと自覚し、認める」という物語である。少なくとも私はそう考えている。
それはそれとして、この物語から見える長門有希というヒューマノイドインターフェスに芽生えた感情なるものは非常に一般女子のそれであり、かわいいのである。
ノイズの積み重ねによるバグが原因で世界を改変したと先ほど述べたが、キョンはそのバグのことを『感情』と表現している。
この感情とはすなわち、好意や嫉妬などではないかと私は考えている。
以下に根拠を述べる。
①ハルヒを北高ではなく光明園学院の生徒としている
これがいちばんわかりやすいかわいいポイントである。ハルヒとキョンのイチャイチャを観測者として見せつけられ続けてきた長門有希は、嫉妬(といっても禍々しいものではなく、可愛らしい小さなものだと推察する)を募らせていく。二人を引き離したい。それが1番である可能性が高い。そのため、ハルヒを北高ではなく光明園学院に通うように設定した。
②ハルヒだけではなく小泉も光明園学院の生徒としている
①に引き続いてだがSOS団の団員である小泉一樹をも彼の所属したクラスごと光明園学院の生徒へと変えてしまっている。
この理由については二つあると考えてある。
まず第一に、涼宮ハルヒの隣にキョン以外の男子を配置したかったのではないだろうか。そうすることで、キョンと長門は二人きりとなることができる。
第二に、クラスごとあえて移動させたのは小泉だけ移動させてしまうと、あまりに露骨であると考えたからである。
考えて欲しい。小泉とハルヒをくっつけるために小泉だけを移動した、だとあまりにもわかりやすすぎる。それが、クラスがなくなってしまってそれに伴い小泉も光明園学院の生徒となったとすれば本来の目的を隠しつつ、「まあ改変したらそんなことも起こるか」と思わせることができるのである。
つまり、照れ隠しである。
③朝倉を自分のボディーガードにしている
これに関してはシンプルに『疲れちゃった』だと思う。疲れちゃうよね、いつも恋敵の尻拭いばかりしてたからさ。
④メガネをかけている
長門有希は、メガネをかけていたほうが可愛いです。異論は認めません。
という私の主張は一旦置いておくとしても、メガネないほうがいいよと言われたのに、改変後の世界で長門がメガネをかけていたのはなぜだろうね。
改変後の世界でも、何かの拍子でメガネをとった時に「そっちの方が似合ってるぜ」と言って欲しかったのではないですかね。完全に私の妄想です。が、そうであればあまりにも素晴らしいとは思いませんか?私は思います。
⑤キョンに全部委ねている
ちゃんと全部お膳立てをした上で、あとはキョン次第としている点。
好きな人の選択であればその答えがどちらであれ受け入れられるもんね。
長門有希、存外重たい恋愛観をしているんだなとここで思いました。あの淡々とした感じで本人も気づかないぐらいの重たすぎる感情をキョンに抱いていると思うんですよね。
恋愛的感情もそうですが、それ以上に信頼とかもあるのかもしれない。
深いな、乙女心。
⑥雪に反応するし、素直にありがとうとキョンに伝える
普通にここかわいすぎるだろ。
最後に結論を書いておきます。
学生の頃は朝比奈みくるが1番かわいいだろ常考。と思っていたのですが10年ほど経って改めて考えると長門有希萌えって感じてます。人は常に変わり続けていますって感じですね。
いやまあ、朝比奈みくる萌えももちろん存分に感じていますがね…?
以上です。
ありがとうございました。